高松高等裁判所 昭和27年(ラ)4号 決定 1953年10月14日
抗告人 太陽石油株式会社
(原決定) 松山地方昭和二六年(ホ)第一六号
主文
原決定を次のとおり変更する。
抗告人を過料金五万円に処する。
本件手続の総費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の要旨は、
一、昭和二十六年十月十八日午前七時頃山田昭正の作業場である石油蒸溜釜の中に毒瓦斯発生し、作業中の職工一名は死亡し、数名の重症者を出すに至つた災害事故が起り、その毒瓦斯発生の原因が不明のため、右作業場は作業中止のやむを得ない状態となつたので右原因を究明し作業場の復旧が許されるまでは右山田を本件復職命令どおり右職場に復職させることは全く不可能の状態であつた。
尤もこの際山田を他の作業場に廻すことも出来ないことはないが、その結果は他の作業場の者を休ませ、山田にその地位を与えることになり、労務管理上不合理な結果となるので、同人に相談の上作業場回復の見込がたつまで賃金を支給するが当分の間遊んでもらうこととしたのであつて、これは企業の支配権を有する抗告人の業務命令の範囲内のことである。
従つて右山田を本件復職命令確定の同年十一月二日から八日間復職させなかつたのは決して右命令の違反となるものではない。
二、次に山田をして同年十一月十日から十二月二日まで土取り作業をさせたのは山田の前記職場が復旧し作業の安全性が確立するまでの間に同人の承諾を得て暫定的に就労させたのである。
而も同人は技術者でもなく、新規採用の泥油、廃油の運搬や釜掃除等の雑役に従事し居りたる者であるから、右の土取り作業はその原職場が作業不能の状態に在る際においては、同人の当然為さねばならない職種に属するものである。
従つて右作業を為させたことが本件復職命令の不履行となるものではない。
三、右山田は十二月三日から原職に復帰し、泥油の汲取り作業に従事するに至つたが
(イ) 同人は去る十一月一日本件復職命令が確定するや直ちに出勤し作業主任の指示を受けることなく無断にて五〇〇バーレルの新設精溜塔の屋上に昇り、甚だ危険な作業に従事せんとするのを発見せられたので、同人が何等の技術なく全くの未経験者であるのと、精油工場の危険作業たる性質上当然の措置として社長は特に指示によつて作業に従事するように命じたものであつて、このことは独り同人のみに限り又同人の原職復帰後に限つたことではない。
このことを以つて特に同人に対し差別的取扱をしたものではない。
(ロ) 山田は前記のように危険な所為があつたので何時如何なる行動をとるやも測り知れざる惧があつたので工具の取り出しにも特に許可を得るよう命じたものである。
尚工具の取出については、従前より社長或は事務主任の許可を得て行われていたものであつて、敢て山田に限つたことではない。
(ハ) 山田の脱衣場として事務室の一隅を与えたことは、若し盗難に遇つた場合に山田は理窟が多いから困る点と、山田については本人及びその母について兎角の不信の所為があることが窺われたので帰宅の際は一応事務所へ立寄らしめるためにしたことであつて、これは決して労働問題とは関係のない事柄である。
(ニ) 昼食の場所の問題についても盗難の予防等の為棧橋元の新築の食堂兼事務所でも昼食をさせる必要を認め、山田外数人に対し右の場所で昼食をさせたのであつて、山田独りに限り特に差別的に取扱をしたものではない。
四、山田は前記のとおり十二月三日より本件復職命令どおり従前の職場に復帰したものであるが、同月九日無断欠勤し翌十日も又定刻に出勤しないので斯のように無断にて欠勤することは本人に退職の意思あるものと認めて退社の措置を講じたのであつて本件復職命令不履行の意思をもつて為した措置ではない。
以上のとおり山田昭正に対して為したる抗告会社の措置は適法妥当なるものであつて決して愛媛県地方労働委員会の抗告会社に対する本件命令に違反するものではない。
されば原決定は違法であるから、これが取消を求めるため本件抗告に及んだのであると謂うにある。
抗告会社が昭和二十六年十月一日愛媛県地方労働委員会より「山田昭正外三名に対する同年五月三十日附解雇申渡しを撤回し、同月三十一日に遡り、解雇当時と同一の賃金支払その他の待遇をしなければならない」旨の命令を受け、同命令書は同年十月二日抗告会社に交付されたが、抗告会社は右命令に対し、所定の期間内に中央労働委員会に再審査の申立をせず又管轄裁判所にも訴を提起しなかつたのでその命令は同年十一月一日確定するに至つたことは、本件記録に徴し明らかである。
然るに抗告会社においては右救済命令確定の翌日たる同年十一月二日から同月九日までの八日間前記山田昭正に対し、復職させなかつたことは、抗告会社提出の陳述書上申書等によるも明らかである。
よつてこの点に関する抗告理由について判断する。
証人矢野昌行、田辺茂三郎の各証言によると、抗告人主張のとおり昭和二十六年十月十八日に山田昭正の職場に災害事故発生し、右日時頃まではその職場での作業が許されなかつたことは明らかである。従つて山田がその職場において作業に従事し得ないこともまた争の余地はない。
然らば斯る際には本件救済命令は、受命者の責に帰し得られない事由による履行不能の状況にあつて受命者はその義務を免かれるものであらうか。
本件救済命令は第一段に山田昭正に対する解雇を撤回して復職を命じたものである。もとよりその復職とは解雇当時の職場に於ける作業に従事せしめること。即ちその目的は旧職場への完全な復帰であることも明らかであるが、若しその職場が事故により作業中止となり、或は経済上その他経営上の合理的な事由によつてその職場を廃止したような場合には、右復職命令は被救済者の作業能力に適応する類似の職場或は類似の作業に従事せしめること、即ち客観的合理的な判断に基いて、被救済者の復職の実を挙ぐることをも内容とすることは、復職命令が労働組合法第七条第二十七条の規定による労働者に対する救済命令たるの本質上当然のことと謂わねばならない。
従つて復職命令が履行不能にある場合とは天災等による全作業の停止或はやむを得ない経営上の理由による企業の廃止等被救済者の救済の途を講ずることができない事情にある場合と謂わねばならない。
右山田昭正が新規の採用者(約一年程)であつて特殊の技能なく単に泥油や廃油の運搬、釜場の掃除等の雑役に従事していたことは証人木村春吉の証言により認められるところである。
而して前記矢野証人の証言によると当時抗告人会社においては工場建設の途上にあつて右山田等の雑役に相当する仕事が他にあつたことを認められるから、同人に対しこのような仕事にも従事せしめず全く復職の措置を講じなかつたことは本件復職命令を履行しなかつたものと謂わねばならない。
抗告人は復職をさせなかつたのは、山田の承諾を得た旨主張するが同人の証言によるとその事実は認められない。
抗告人に右期間本件命令を履行しなかつたことに対する合理的な事由は、他に一つも認められない。
然らば抗告人は前記八日間は本件救済命令の一部に違反したものと認めざるを得ない。
次に抗告人は山田昭正に対し同年十一月十日より十二月二日まで土取りの作業に従事せしめたことは抗告人自から承認した事実により明らかである。
当時右同人の職場が前述のように事故のため復旧しない状態にあつたことと、同人の従来の仕事の内容が前記認定の雑役であつたこと等より考慮すると、同人を土取り作業に従事させたことは当時の状況よりしてはやむを得ない措置であつたと認められる。
尤も証人山田昭正、高村博雄の証言を綜合すると、工場内により適当な仕事があるにもかかわらず、前記のような土工の仕事にのみ従事させたようなことが窺われないこともない。従つて被救済者たる山田にとつては必ずしも満足のいく好意的な措置でなかつたことは推測に難くないが、しかし右土取り作業は職場が復旧し作業運営の安全性が確保されるまでの暫定的な措置であつたと認められることと、当時の状況よりしてこの程度の措置でも救済の実が挙げられているものと認められる点等よりしてこれをもつて命令違反として処罰の対象とすることは妥当な見解とは思料せられない。
山田昭正が同年十二月三日より従前の職場に復帰したことは同人の証言により明らかである。
而して右証言及び抗告人提出の陳述書上申書等を綜合すると山田の就労上(イ)特に社長の指示に従うよう命ぜられたこと(ロ)仕事用具の取出しについては、社長或は事務主任の許可を受けること。(ハ)脱衣を特に事務室にて行わせたこと。(ニ)昼食は特に指定された棧橋元の事務所で行わせたこと等の事実が認められる。
然しながら右の措置が同人の完全復職を阻害する意図の下に行われたものであつて、且復職の実を挙げていないものであるかについては本件記録によるも明らかでなく他に明確な証拠資料もない。従つて本件復職命令は一旦有効に履行せられたものと認められる。その後多少特別な取扱上の差別があつても、そのことは本件復職命令の違反に当るのではなく、今後の労使双方の交渉によつて解決すべき事柄であるか、或は別個の不当労働行為に該当して救済命令の対象となるものであるにすぎない。
然らば抗告人にこの点につき本件命令違反はないものと認める。抗告人が山田昭正に対し、更に同年同月十一日解雇の措置をとつたことは抗告人の承認する事実により明らかである。
右解雇の措置が仮りに不当なものであつても、本件復職命令は前記のように既に履行せられ、受命者たる抗告人の義務は消滅したものであるから右命令の違反となることはあり得ない。
只だその解雇が最初から本件命令を履行しない意図の下に、一旦凝装的な完全復職の措置を講じ、然る後脱法的に為されたものである場合にはもとより命令違反に該当するものと謂わねばならないが右解雇の措置が抗告人の前記の意図の下に行われたものと認定するに足りる資料はない。
従つてその解雇の措置が不当であつて、新な救済命令の対象となるかどうかは別途の問題となるから本件の命令違反として論ぜらるべきものではないと思料する。
果して然らば右認定に反する原決定は一部失当であるからこれを変更し、抗告人を過料金五万円に処することとし、労働組合法第三十二条非訟事件手続法第二百七条第二十五条民事訴訟法第四百十四条第三百八十六条に従つて主文のとおり決定する。
(裁判官 石丸友二郎 萩原敏一 呉屋愛永)
【参考資料】
決 定
被審人 太陽石油株式会社
右の者に対する昭和二十六年(ホ)第一六号労働組合法罰則違反非訟事件につき当裁判所は被審人代表者の陳述を聴き検察官の意見を求めた上左の如く決定する。
主文
被審人を過料金拾万円に処する。
本件手続費用金弐百八拾五円は被審人の負担とする。
理由
被審人は昭和二十六年十月一日愛媛県地方労働委員会より「山田昭正外三名に対する同年五月三十日附解雇申渡しを撤回し同月三十一日に遡り解雇当時と同一の賃金支払その他の待遇をしなければならない」旨の命令を受け(疎第一号)同命令書は同年十月二日被審人に交付された(疎第二号)が、被審人は右命令に対し所定の期間内に中央労働委員会に再審査の申立をしていない(疎第三号)し、また管轄裁判所に訴を提起していないから該命令は昭和二十六年十一月一日を以て確定したに拘わらず被審人は右山田昭正を同月二日より同月九日まで復職させず、同月十日漸く復職させたが同年十二月二日までは工場外において土運びの人夫をさせ従前の如く工場内における精油工の仕事をさせていない、同年十二月三日より工場内に入れ大体従前の職場に復帰させたが第一に就労上(イ)終日社長自身の指示によつて行動すること(ロ)仕事用の器具の必要な場合は一応社長に連絡の上事務員を経て受取ること(ハ)脱衣の場合脱衣場を使用せず、事務所を使用すること(ニ)昼食は一般従業員の使用する食堂を使用せず、社長の指示する別の所で食事すること等異例の条件を付して差別的取扱に出ており第二に同月十一日に至り同人に対し再び解雇の措置をとり(疎第四号、山田昭正の当裁判所における陳述)前記昭和二十六年十一月二日より愛媛県地方労働委員会が当裁判所に通知した昭和二十六年十二月十八日まで四十七日間は前記確定命令を履行していない(通知書)ものである。
右の事実は命令書謄本(疎第一号)、郵便配達証明書写(疎第二号)、中央労働委員会事務局長の証明書(疎第三号)、被審人が当裁判所に前記命令に対する行政訴訟を提起していない当裁判所に顕著な事実、山田昭正に対する愛媛県地方労働委員会の供述調書(疎第四号)、同人の当裁判所における陳述、右委員会長の通知書によりこれを認めることが出来る。被審人の所為は労働組合法第三十二条に該当するから同法条を適用し、尚手続費用の負担については非訟事件手続法第二百七条第四項を適用し主文の通り決定する。
昭和二十七年二月十四日
(松山地方――裁判官 加藤謙二)